てんしの自由帳。

ぼちぼちてんししてます。文章・写真のお仕事受け付けております。何か依頼があれば連絡ください。tenchan329@gmail.com

洗いたての春 。

春の匂いがした。洗い立ての君のTシャツから。

そのシャツは日向に干していたのに、全然乾かなかった。だから、湿った春の匂いが部屋中に満たされていくのが分かった。あたしはその匂いを知ってすごく悲しくなった。だけど、彼はまだ起きてこようとしなかったから、先にでかけることにした。薄い毛布を片手でどけると、ふわりと春の匂いが増した。クローゼットを開いて、今日着たい服が見当たらなかったから、また少し、悲しくなった。仕方ないから、彼の少し大きなトレーナーに腕を通した。しゅるしゅると音をたてて、私はトレーナーに包まれた。そのトレーナーは少し厚手だから、春の匂いはしなかった。春はピンクを運んでくる季節みたいだ。街行く女の子のまぶたの上は、淡いピンク色でうるんでいた。期待で満ちた色だった。外にでも、君と同じ春の匂いを感じる。昨日、雨が降ったからだろうか。雨が空気を洗い流したのだろうか。私は、君と別れてからも、君と同じ柔軟剤をしつこく使っていた。季節がいつであろうと。じめじめした女になったなと思う。と、同時に、すごく自分のことを可愛いと思った。だから私は、近い将来、別に好きな人ができても、君の春の匂いをまとって、違う男の人とその柔らかな匂いを共有するのだろう。とろけるような気持ちになるのだろう。そのとき、とろけるのは、君への気持ちか、私の気持ちが解放されるかはわからないけれど。

2年ぶりに、君からの着信だ。君に逢えるかもしれない。春をまとった、君に。もすうぐ、春が来る。